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2023.10.31 日常

競争社会における成功とは【10月コラム】

第8回コラム

競争社会における成功とは

 

 今回のコラムは江口が担当します。
 ここでは少し硬い内容になりますが、「競争」と「成功」について、自分の考えを述べたいと思います。

 

 私たちの生活は数多くの競争に満ち溢れています。医学においても、診療の質、研究の成果、専門技術の向上といった多くの側面で、私たちは常に比較と評価の対象となっています。競争は、同じ目的や成果を目指している者同士の間で起こります。競争によってお互いに高め合い、より優れた到達点まで進むことができるという面がある一方で、「勝者」と「敗者」を作り出してしまうという性質もあります。多くが「勝者」になれないという競争の本質を理解し、それに正面から対峙せずに「超えていく」方法を探ることも重要だと思います。

 「希少価値」について。例えば、自分の趣味の領域で手に入れたいものがあったとします。スーパーやデパートでは通常売られておらず、ネット販売などで探したり、時には海外から取り寄せたりすることがあります。このような場合、類似の商品と比べて高い値段がついていることが多く、それでも手に入れたいと考える人がいます。こういう経験がある方も多いのではないでしょうか?これを医療の世界に当てはめてみます。各医師が様々な基本的な知識や技術を持っており、それぞれの能力は非常に価値のあるものです。しかし、特定の分野で独自の技術や優れた見解を持つ専門家となると、その数は少なく、これら専門家は「希少価値」を持つと言えます。

 私達はこの「競争社会」において、2つの道を選ぶことが出来ると思います。一つは「真っ向勝負で競争に勝ち続ける」こと、もう一つは「希少価値を身につける」ことです。

真っ向勝負で競争に勝ち続ける」: これは、他の多くの優れた競争相手と競い合い、その中でトップに立つことを目指す道です。この道は、努力はもちろんのこと、秀でた才能が不可欠で、さらに、常に最高の成果が求められる厳しい世界だと思います。野球界の大谷翔平を目指すようなことと考えます。

希少価値を身につける」: これは、多岐にわたる特定の分野でエキスパートとなることで、自分自身を特別な存在にする方法です。私が最も重要だと考えることは、「希少価値を身につける」ことは、「真っ向勝負で競争に勝ち続ける」ことよりも、はるかに多くの人にとって実現可能であるという点です。誰にも負けないレベルまでは求められないのです。

 

 ここから、少しだけ算数のお話をします。「1万時間の法則」をご存知でしょうか?これは、様々な分野で「エキスパート」「専門家」「上級者」と言われる存在になるには、約1万時間が必要というものです。1日3時間として約10年かかります。これは、1万時間練習すれば誰でもナンバーワン、大谷翔平になれると言っているのではなく、あくまで専門家や上級者になれると言っているものです。

 ここで、仮に、ある分野のエキスパートであることを、その分野で上位1%に入ることと定義してみます。上位1%に入ることができれば、100分の1の存在になります。さらに別の分野で上位1%に入るとします。2つの分野が同時に必要な場面では、それをかけ合わせることが出来、1万人に1人の逸材になれます。さらにもう1つ追加すれば100万人に1人の存在になることができます。日本では同世代の人口が約100万人いるため、同世代に1人の希少な存在になることができます。

 「得意な分野が3つもあるはずがない」と言われるかもしれません。確かに最初から得意なことであれば、続けやすく、もしかしたら1万時間の半分でエキスパートになるかもしれません。しかし、得意でないものでも、大抵の場合、「時間」と「努力」で解決できるものです。これは自分の実体験からの言葉です。
 私は英語が大の苦手で、大学受験当時、二次試験に英語がない信州大学に進学したのはそのためです。大学ではたった1人の英語追試を受けましたし、米国医師国家試験では英語力不足が原因で随分苦労しました。しかし、英語を話したい・使いたいと思う気持ちは強く、学生時代も、医師になってからも、少しずつですが勉強を続けて来ました。今でも続けています。そのおかげか、現在では、海外での診療や国際学会における発表や討論においては、困ることはほとんどなくなりました。

 

 また、私はもともと「あがり症」で、人前で話すことが大の苦手でした。これも、医師になって早い時期からなんとか克服しようとずっと努力してきました。歓送迎会の挨拶を何日も前から準備したり、忘年会などで一芸のようなものに積極的に参加してきたのも、最初は苦手を克服しようという思いがあったからです。慣れるうちに楽しくなってきましたが… 特に学会などでのプレゼンテーションの準備には特別な思い入れがあって、一生懸命に時間をかけて準備すれば、たった1回の発表で、たくさんの人に「江口はあがり症なんかじゃない」「むしろ上手だね」と思ってもらえる、またとないチャンスと考えていました。

 もう一つ、外科医として大事な告白があります。私は不器用です。物覚えもいいほうじゃない。それを学生のころから知っていました。だからこそ、誰よりも手術の練習をして、大事なことはノートに書き留めて、少しずつ技術と経験を積み上げてきました。こんな私でも、米国でロボット手術を学び、清水教授から区域切除を学び、信州大学において両者を融合したロボット支援下区域切除を発展させ、国内で手術数ナンバーワンになることに貢献できたと思っています。また、今もロボット手術の練習を定期的に行っています。

 先日、米国の胸部外科学会に参加してきました。腫瘍外科に特化した2日間の国際学会です。世界中の呼吸器外科医で知らないという人はほとんどいない学会です。会場は2つだけで、口演を行うことができたのは、おそらく50-60名ぐらいだと思います。日本からは3名のみで、私はその中に入って、発表させていただきました。内容はロボット手術に関することです。英語力のなさを、人前で話すことの苦手さを、不器用さを、これまでたっぷり時間をかけて克服してきた成果です。すべての要素が、もともと大の苦手だったことです。

  部屋(手術室)とダヴィンチと私

 

 ここまで引っ張って、やっとタイトルの「成功」にたどり着きました。成功の定義は人それぞれ異なると思いますが、私の考えをお伝えします。
 成功とは、「時間と努力の投資によって、自らの成長を実感できること」です。重要なのは、天賦の才よりも、時間と努力を「投資する意志」があるかどうかです。ナンバーワンになることだけが成功ではありません。

 現代社会において、競争は避けられないかもしれません。しかし、私達は「時間と努力の投資」により「希少価値を身につける」ことが出来るはずです。医療の未来をさらに明るいものにできるよう、今後も地道な姿勢を継続し、独自の価値を提供していきたいと思っております。

 

(文責:江口隆)

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