研究について
「二つの天命」を果たすことができる
教室を目指して
天命とは、辞書には「天が人間に与えた使命」と記載されています。医者の天命は、もちろん目の前で病気に苦しむ人を助けることですが、もう一つの天命は、科学者として生命現象の解明に務め、医療の発展、ひいては全人類への社会貢献をすることと考えます。昨今、外科の世界においては、ドクターXなどのテレビドラマで語られるような専門医やスキルがすべてという風潮になりつつあり、医師としての二つ目の天命が軽視される、もしくはその実現が時間的・物理的に難しい状況になりつつあります。しかし、この二つの天命、外科で言えば手術と研究は、武士道における文武両道の意味(文武は一方に偏ってはならない)の如くと認識しています。私自身、一般外科で修練した後、国立がん研究センター生物学部で研究を行い、そこでの経験と考え方がその後の研究活動はもとより外科医療に生かされ、多くの新しい手術術式の開発に繋がったと信じております。
しかし、現実は、医療の高度化や医療の安全と質の確保のための労力増加、人手不足、予算不足などに圧迫され、二つ目の天命である「研究」の遂行がより難しい状況になりつつあるのも事実です。そのような時代において、二つの天命を果たすことができる大学の外科学教室の存在とその意義は、今後極めて重要さを増すと考えております。
外科は基礎研究とは相容れないと考える方も多いと思いますが、甲状腺の生理学的機能を解明したエミール・テオドール・コッハーもインシュリンを発見したフィレデリック・バンティングも外科医であり、臓器を外科的に切除することにより、その切除した臓器の機能を見出し、ノーベル賞を受賞しています。このように外科医にしか発想できないアイデアや技術もあり、実際の臓器を直接目にする現場で日々働く外科医は、医学の基礎研究においても大きなアドバンテージ持つと考えられます。
以上を念頭に、教室の責任者として、「医師として二つの天命」を果たすことができるような教室作りに取り組んでおりますので、その一部を紹介させていただきます。
研究テーマご紹介
当教室で行っている基礎研究は以下のものがあります。
基礎研究
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肺区域解剖における気管支および肺動脈を基にした区域分布の検討
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胸腔鏡下肺区域切除における気管支および肺動脈を基にした術前3D-CTシミュレーションと術中ICG蛍光区域間同定法の有用性の検討
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肺癌経気腔進展(STAS)の術中迅速診断
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小細胞肺癌に対する野生型ALK蛋白を標的とした新規CAR-T細胞療法の確立
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肺縮小切除モデルを用いた残存肺の修復・再生能力の検討
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小型肺癌の適切な切除時期および切除範囲に関する研究 ― 術前画像検査による肺癌高悪性度因子の術前予測
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肺癌免疫チェックポイント阻害剤治療における Progenitor exhausted T cell のバイオマーカー解析と術後補助療法への応用
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新規リガンド型CART細胞を用いた非小細胞肺癌に対する新規治療法開発
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肺癌における発癌や癌の進行への細菌叢の影響
代表的な研究の一部をご紹介
テーマ
肺癌に対するCAR-T細胞療法の抗腫瘍効果 (竹田・三島)
CAR(キメラ抗原受容体)-T細胞とは、白血病や悪性リンパ腫の一部などで使用されている治療法で、ヒトのT細胞に、腫瘍表面の抗原を認識する遺伝子を導入し、作成したCAR-T細胞を患者さんに再投与すると腫瘍細胞を攻撃することで抗腫瘍効果を得られる新しい免疫治療です。
信州大学では小児科学教室でCAR-T細胞を用いた研究が進んでいます。この技術を肺癌に対して利用できないかと考え、肺癌に対するCAR-T細胞治療の有効性と安全性を確認し、新たな治療法とならないかと研究を進めております。
竹田は小細胞肺癌に対する、三島は非小細胞肺癌に対するCAR-T細胞を作成し研究を行っております。小細胞肺癌に対する、リガンド型ALK CAR-T細胞(特許取得済)の効果を確認、in vitro, in vivoでの研究を行っております。
テーマ
肺癌に対する肺内微生物叢の関与を明らかとする研究(小山)
肺がんは非常に悪性度の高い悪性腫瘍であり、死亡率が最も高いがん種です。近年、さまざまな微生物が発がんやがんの進行に関与していると報告されるようになり、がんに対する新たな治療法や予防法の開発に期待が集まっています。しかし、がんと微生物の関係性が明らかとなっているものの多くは、腹部腫瘍と腸内細菌叢との関連性であり、肺がんについてはまだ明らかとなっていません。
そこで我々は、肺がんに対する肺内微生物叢の関与を明らかにすることを目的とし、手術検体を用いた肺内微生物叢の解析を行っています。肺がんの治療のために手術を受けられる患者様を対象とし、手術中に検体を採取することにより、患者様へ不必要な侵襲を加えることなく研究を行うことが可能です。この研究により、死亡率の高い肺がんに対する新たな治療法や予防法を探求しています。
テーマ
肺縮小切除モデルを用いた自己修復・再生能力の検討(松岡)
肺葉切除や片肺全摘術後に残存肺が代償性に過膨張するとされていますが、この現象は修復・再生とは異なる概念になります。我々は実臨床で肺縮小切除後に呼吸機能が回復した症例をしばしば経験しており、この肺縮小切除で温存された残存肺葉には修復・再生に必要な3つの要素(細胞・生理活性剤・足場材)を兼ね備えているため、再生の基盤になり得るのではないかと考えています。そこで我々は、ラット肺縮小切除モデルを開発し、温存した残存肺葉の自己修復・再生能力の検討を行なっています。将来的には、自己肺を温存利用した肺再生医療に繋げることを目指しています。
テーマ
肺癌の経気腔進展(STAS)に関する研究(江口)
近年のCT検査の普及によって、手術適応となる早期肺癌が増加しています。しかし、早期ではあっても術後に再発を起こすことがあります。肺癌術後再発の原因として、私達は、腫瘍細胞が気道を経由して広がる経気腔進展(spread through air spaces, STAS)に着目し、研究を行っています。本研究では、癌転移における"seed and soil"説に基づき、腫瘍辺縁部における癌細胞側(seed)の因子や、それを受け入れる微小環境(soil)の免疫細胞浸潤を検討することで、STAS形成における機序を解明することを目的としています。また、再発の可能性を抑え、かつ、負担の少ない(肺切除量を必要最小限に抑えた)手術を提供するために、STASの有無を術中に診断する方法の確立に向けた研究も行っております。
臨床研究へのご協力のお願い
医学研究の中には、患者さんのカルテの情報を用いさせていただく、もしくは追加の検査を行い、データを利用した臨床研究もあります。
このような患者さんを対象とした研究は、個人情報や人権が守られているか、もしくは研究に参加することで患者さんに不利益が及ばないかについて、信州大学の倫理委員会で公正な審査が行われます。
厳密な審査を通過し、承認が得られた研究のみが行われます。このためご協力いただける患者さんの負担は必要最小限となっております。現在の治療成績の向上、および未来の医学の発展のためにも、ぜひ臨床研究へのご協力をお願いいたします。なお、個人情報は削除され匿名化されますので個人が特定されることはございません。
ご協力いただける患者さんには、研究内容についてご説明し、ご同意をいただけたうえでご協力いただける形になります。
臨床研究の情報公開について(オプトアウト)
患者さんのカルテのデータを調べる研究などは、患者さんの負担がありませんので、個別の説明や同意を省略させていただくことがあります。
このような研究については、信州大学倫理委員会のホームページで研究内容を公開しています。
当教室で行っている研究のうち、患者さんに個別に同意をいただく必要のない研究については、信州大学倫理委員会のホームページで公開しておりますので、下記リンクをご参照ください。
研究への参加拒否、同意撤回について
一度研究への参加を同意されたとしても、患者さんはいつでも同意を撤回することが可能です。同意を撤回することで患者さんに不利益が生じることはありません。
また個別の説明や同意がなくても行える研究についても、参加拒否をすることができます。もし倫理委員会のホームページ内にてご自分が該当しているかもしれない研究があり、参加を拒否したい場合は遠慮なく主治医にご相談いただくか、下記連絡先までお問い合わせください。
参加拒否、同意撤回される方はこちらまでご連絡ください。
信州大学医学部 外科学教室
呼吸器外科学分野
E-Mail