自然気胸
自然気胸とは
20歳代前後、長身、やせ型の男性に好発する疾患で、肺の表面にできた気腫性肺嚢胞という風船のような空気袋(ブラ)が破裂して、肺から空気が胸腔に漏れ出すことにより、肺がしぼんでしまう状態を言います。
症 状
咳、くしゃみをした時や、運動中などに、胸の痛みや息苦しさ、咳などが突然出現します。
診断について
気胸の有無はX線検査で診断することが多く、ブラの有無を確認するにはCT検査を行います。気胸の程度はX線検査で肺の尖端(肺尖)の位置から判断します。
治療について
軽度の気胸では安静のみで改善することもありますが、中等度以上の気胸では胸腔ドレナージ(ドレーンというチューブを局所麻酔下に肋骨の間から胸腔に挿入します)が必要になります。
胸腔ドレナージで空気漏れが改善しない場合や、改善しても再発する場合には手術を行います。
手術を行わない場合には、30-60%程度に再発を起こすと言われており、また手術を行った場合でも、新たにブラが新生することなどにより5-15%は再発してしまいます。
自然気胸の手術について
自然気胸に対する胸腔鏡下ブラ切除術
通常、全身麻酔で手術を行います。側胸部(胸の横)に3カ所程度、1-2㎝の操作孔をあけて行う内視鏡手術(胸腔鏡手術)にて行い、自動縫合器(手術に用いる,縫合と切離を同時に行う器械)でブラを含む肺を部分切除します。切除後はブラの新生による再発を予防するために、溶ける人工材料で切除部周囲を被覆します(カバーリング法)。術後は経過が良好なら3-5日程度で退院可能です。
自然気胸を理解するうえで:胸腔と肺の関係
胸腔とは肋骨(横隔膜、縦隔)で囲まれた鳥かごの様なスペースで(図1)、肺は胸腔の中で,肺門(肺が気管支や血管でつながる部分)で固定され浮いているように存在します(図2)。ただし、胸腔内は通常は陰圧のため,肺は吸盤で引っ張られたような状態で隙間なく拡張し,通常は胸腔という“空間”は存在しません(図3)。しかし、どこかから空気が侵入すると肺はしぼんでしまいます。この状態が“気胸“です(図4)。
手術同意書
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血胸とは
何らかの原因で胸腔内に出血を生じた状態です。出血を起こす原因としては胸部外傷(肋骨骨折など)や、気胸(再発を繰り返す気胸などで、肺と胸壁との間に血管を含む癒着があると、気胸を発症した際に出血を生じることがあります)、肺腫瘍(腫瘍が進行し破裂することなどにより出血を生じることがあります)などがあり、気胸と血胸を同時に発症すると血気胸となります。
症 状
原因となった疾患によっては胸痛を伴います。出血量が多くなると肺を圧迫し呼吸困難が出現したり、貧血による症状が生じることがあります。
診断について
胸部X線検査では胸腔内に液体が溜まった所見となり、胸腔ドレナージ(上述)などにより血液の排出を認めれば血胸と診断されます。造影CT検査を行い出血の原因を推測することが出来る場合があります。
治療について
少量の血胸であれば経過観察が可能ですが、出血が多い場合や、出血が続く場合には止血を兼ねて手術を行うことがあります。
血胸の手術について
手術は通常、胸腔鏡で行い、止血および出血の原因に対する処置を行います。重要臓器や大血管(心臓や大動脈など)の損傷による血胸では緊急で開胸手術を要することもあります。
肺分画症
肺分画症とは
正常の気管・気管支と交通が無く、大動脈から分枝する異常動脈によって栄養される異常ない肺の部分(分画肺)を生じる先天性疾患で、肺葉内肺分画症と肺葉外肺分画症に分類されます。
症 状
肺葉内肺分画症では、分画肺に感染(肺炎)を繰り返し、肺炎症状(発熱、咳、痰)などの症状が出現します。
診断について
肺炎に対する精密検査や検診目的で行われた、胸部X線検査や胸部CT検査で発見されます。造影CT検査などで大動脈から分画肺に流入する異常血管を認めることで診断されます。
治療について
肺分画症に対する根治的治療は手術です。感染を伴い肺炎を呈した肺葉内肺分画症では肺炎に対する抗菌薬治療で肺炎が治まるのを待ってから手術を行います。
肺分画症に対する手術について
肺葉外肺分画症では分画肺のみの切除を行います。肺葉内肺分画症では,異常血管を慎重に切離した後、分画肺の領域のみの切除、もしくは周囲に炎症の影響が広がっている場合などには、分画肺を含む肺葉切除や肺区域切除を行います(肺がんの項目を参照)。近年では胸腔鏡による手術も行われます。
巨大ブラ
巨大気腫性肺嚢胞とは
肺嚢胞(ブラ)とは、正常な肺の構造が破壊され、風船のように薄い皮で囲まれた空洞になってしまった状態です。その肺嚢胞に空気が一方的に溜まってしまうことで、徐々に巨大化し、片側胸腔の1/3以上を占めるような大きさになった状態を巨大気腫性肺嚢胞(巨大ブラ)といいます。
診断について
胸部X線検査や胸部CT検査で診断します。気胸と間違われることもあります。
治療について
巨大化した気腫性肺嚢胞をお薬などで小さくすることはできません。巨大気腫性肺嚢胞により正常な部分の肺が圧迫され呼吸困難を呈する場合や、呼吸機能(肺活量)の低下を認める場合、嚢胞に感染を伴う場合、などに手術をお勧めします。
巨大気腫性肺嚢胞に対する手術について
巨大化した嚢胞を切除し、正常な肺が十分に拡張することを目的に手術を行います。近年は巨大ブラを自動縫合器(切離と縫合閉鎖を同時に行う手術用のホチキス)で切除する手術を行っていますが、ブラの一部を切除した後畳み込むように縫いとじる方法などもあります。
手術同意書
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炎症性肺疾患とは
われわれ呼吸器外科で扱う炎症性肺疾患とは、肺に感染した細菌や真菌(カビ)などにより肺に炎症を起こす事で、炎症を起こした部分がしこりのようになったり(炎症性肺結節)、肺を破壊して喀血の原因になったり(肺アスペルギルス症など)、肺の中に膿の溜まりをつくったり(肺膿瘍)した場合に、内科でのお薬の治療で効果がない場合に外科的治療が必要になることがあります。
診断について
胸部X線検査や胸部CT検査で肺に炎症を疑う陰影を認めます。炎症性肺結節の場合、発熱や自覚症状がなければ、肺がんと間違われることもあります。血液検査で抗体が陽性になることや、培養検査で細菌や真菌が特定されれば、確定がつきますが、手術で切除して診断されることもあります。
治療について
まずは原因となる細菌や真菌を標的とした抗菌薬治療を行います。X線やCTなどの画像検査で改善しない場合や、血痰、喀血などの症状が改善しない場合に外科的治療を検討します。
炎症性肺疾患に対する手術について
原則的には、感染・炎症を伴う病変を切除する手術を行います。病変の範囲によりますが、肺葉ごと切除しなければならない場合があります。
喀血を繰り返すアスペルギルス症に対する手術では、周囲の強い炎症のため、豊富な血流が生じているため、手術中の出血を可能な限り少なくすることを目的として、術前に血管塞栓術(病変に入り込む周囲からの血管を塞ぎ,血流を遮断する)を行うこともあります。
肺の感染症に対する外科治療
呼吸器外科領域の手術はもともと結核に対する外科治療から発展しました。
1950年ごろまでは死亡原因の第1位は“結核”でしたが、有効なお薬の出現により結核は治る病気になりました(ただし、近年お薬が効きづらい“多剤耐性結核”が増加しています)。平均寿命が延びたことで、高齢者がなる病気である“がん”が増え、現在“がん”が死亡原因の1位であることは皆さんもご存知の通りです。
手術同意書
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膿胸とは
膿胸とは胸腔内に膿が溜まった状態で、肺炎や肺化膿症などの肺内に生じた感染、降下性壊死性縦郭炎や横隔膜下膿瘍などの肺以外の感染、外傷後や手術後の胸腔内への血液貯留に伴った感染、肺や食道手術後の縫合不全などに起因する感染、などが原因となります。
肺や気管支に穴が開いた状態で空気漏れがある場合を有瘻性膿胸、肺や気管支との交通が無く空気漏れがない場合を無瘻性膿胸といいます。
症 状
発熱、胸の痛み、咳、呼吸困難などを生じます。有瘻性膿胸の場合は胸腔に溜まった膿が気管支を通じて逆流することで多量の痰が出ることがあります。
診断について
血液検査で炎症の状態を調べます。胸部X線やCT検査で胸腔内の液体貯留や肺炎の有無などを調べます。胸腔ドレナージなどにより、膿が排出される、あるいは細菌培養検査で細菌を認める場合に膿胸と診断されます。
治療について
急性期の膿胸の治療の原則は適切な抗菌薬の投与と,膿を排出し肺を拡張させるための胸腔ドレナージですが、ドレナージ不良のために肺の拡張不良な状態が持続すると慢性膿胸へ移行し、治療が困難となります。
急性膿胸とは発症後3カ月以内、慢性膿胸とは3カ月以上経過したものと定義されておりますが、実際には発症から3-4週間もすると、溜まった膿や胸水はゼリー状に固まる、隔壁形成により膿胸腔が多房化する、肺の表面が膜で覆われた状態となる、などのために肺の拡張は不良となり、胸腔ドレナージのみでは改善が見込めなくなるため、外科的治療(手術)が必要になります。
膿胸に対する手術について
膿胸に対して、以下のような手術を行うことがあります。
胸腔内掻把および肺剥皮術
固まった膿や胸水を取り除き、肺の拡張を促すために肺表面を覆う膜を剥がし取ります。早い時期の膿胸では胸腔鏡で行うことも可能です。
開窓術
有瘻性膿胸などの場合に、肋骨を1-3本切除して胸壁に窓を開け、胸に開けた大きな穴から汚れた胸腔内に直接ガーゼを詰め込み、連日ガーゼ交換を行います。
筋肉充填術、大網充填術
肺の拡張が期待できない場合や、開窓術後に清浄化された膿胸空が残存した場合などに、血流を伴う筋肉組織(背中や胸、お腹の筋肉)を充填したり、有瘻性膿胸に対して大網(お腹の中にある脂肪の膜)を充填することがあります。
降下性壊死性縦隔炎
降下性壊死性縦隔炎とは
咽頭感染や歯科領域感染が縦隔に波及し、膿の溜まりを生じた状態です。風邪症状の発症から1週間程度でショックなどの重篤な状態となってしまうこともあり、過去の報告では25~40%の死亡率とも言われていますが、近年治療成績は向上しています。
診断について
通常、CT検査で頸部から縦隔に膿瘍形成(膿の溜まり)を認めた場合に診断されます。進行すると、膿胸に発展します。
治療について
治療の原則は適切な抗菌薬の投与と、膿の排出を目的としたドレナージ手術です。
降下性壊死性縦隔炎に対する手術について
通常、耳鼻科による頸部ドレナージと、呼吸器外科による縦隔ドレナージを行います。縦郭ドレナージ手術を行う場合、最近は胸腔鏡下に行うことで患者さんの負担を減らしています。縦隔の膿瘍は胸腔を経由して膿瘍腔を開放しドレナージする必要があるため、縦隔を切開し、膿を胸腔内に排出させた状態で胸腔ドレナージを行います。術後は十分なドレナージ効果を得るために2-3本の胸腔ドレーンを留置します。
胸部外傷
胸部外傷(肋骨骨折など)とは
胸部外傷のうち、呼吸器外科が扱うことが多いのは肋骨骨折とそれに伴う気胸、血胸、血気胸です。外傷により折れた肋骨が肺を傷つけ、肺からの空気漏れを生じた状態は気胸であり、骨折部、あるいは損傷した肺からの出血が胸腔に溜まった状態を血胸、これらが同時に起これば血気胸となります。
診断について
胸部X線検査や胸部CT検査で肋骨骨折の状況や、肺の損傷の状態を調べます。
治療について
X線やCT検査で気胸や血胸を認める場合は、胸腔ドレナージを行います。数日で改善する気胸や、出血量がそれほど多くない血胸ではそのまま保存的に経過をみますが、そうでない場合には手術が必要になります。大量出血を伴う血胸では緊急手術が必要になることもあります。
肋骨骨折については、偏位(骨のずれ)が大きい場合や、複数箇所の骨折があり胸郭動揺(フレイルチェスト:正常な呼吸運動が障害される)を認め、呼吸不全を呈する場合などに手術(整復固定術)が必要になります。
手術が必要ない場合でも、肋骨骨折では強い痛みが長引くことが多く、適切な鎮痛剤の使用により痛みをなるべく和らげるようにします。
肋骨骨折に対する手術について
折れた肋骨をもとの位置に戻し、ずれないように固定する手術を行います。肋骨の固定には金属のプレートなどを用いることもあります。-3本の胸腔ドレーンを留置します。