がんゲノム医療とは
日本人が一生のうちにがんと診断される確率は2人に1人とされています。がんは既に我々現代人にとって他人事ではありません。以前からがん家系という言葉がある通り、がんは遺伝する疾患と漠然としたイメージをお持ちの方も多いかと思います。しかしながら、実際には、遺伝するがんはそれほど多くありません。紫外線やたばこ、環境因子などによりDNAが何らかの損傷を受け、遺伝子変異を起こし、ゲノム異常が起こり、がん化が惹起される、と考えられています。
近年、次世代シークエンサーの登場により、ゲノム情報を網羅的に解析する事が可能となりました。この技術を用いることにより、個人のがんゲノム情報を基に治療方法を選択する、がんゲノム医療が可能となっています。
がん遺伝子パネル検査
2019年6月から、組織を用いた遺伝子パネル検査が保険適応となりました。同年8月からは、リキッドバイオプシーと呼ばれる血液を用いた遺伝子パネル検査も行われています。
当院でもエキスパートパネルと呼ばれるカンファレンスを開催しており、1人1人に適した治療方法は何か、現在は保険適応ではない薬剤でも、それを使用した治験や臨床試験への参加が可能かどうかなど検討しています。全例パネル検査を受ける前には、遺伝子検査の専門家の診断やカウンセリングを受けてから施行しています。
当科では、肝胆膵領域のがんに対してもゲノム医療を導入しています。
がん遺伝子検査・治療の実際
固形がん横断的遺伝子異常と治療
Tumor Mutation Burden: TMB(腫瘍遺伝子変異量)
正常細胞と比べてがん細胞に遺伝子変異が幾つあるのかを表したものが、Tumor Mutation Burden: TMBと呼ばれています。100万個の塩基の中の変異数で評価しています。
10mut/Mb以上をTMB-Highと言います。
Micro satellite Instability: MSI(マイクロサテライト不安定性)
マイクロサテライトとは、1-6個の塩基の10~数十回の繰り返し配列の事を呼びます。この部位には突然変異が多く認められると報告されています。この長さに変化がある場合、MSIと呼びます。30~40%以上にMSIが認められるとMSI-Highとされます。
TMB-HighとMSI-High症例の治療
すべての固形がんに横断的にペムブロリズマブが使用されます。膵がんや胆道がんにおいても例外ではありません。
当科でも、肝内胆管がんに対してペムブロリズマブを投与し、腫瘍が著明に縮小した症例を経験しています。(下記症例1)
上記の薬は、すべての固形がん(肝胆膵領域だけではなく、胃がん・大腸がん等)に等しく使用可能です。
BRCA1/2遺伝子変異症例の治療
BRCA1/2は、乳がんや卵巣がんを発生させる遺伝子として注目されていますが、最近では膵がんにかかるリスクも高いと報告されていたり、胆道がんを発症する例も報告されています。
この遺伝子を有する膵がんにおいて、シスプラチンを使用して効果が認められた症例では、オラパリブを用いた維持療法が可能とされています。当科でも胆管がんにBRCA2変異を伴った症例を経験し、シスプラチンが著効しています。(下記症例2)しかしながら、胆管がんに対してオラパリブは保険適応となっていないため、現時点では維持療法は行えません。
BRCA1/2遺伝子は50%の確率で遺伝します。しかしこの遺伝子異常があるからと言って、必ず何らかのがんに罹患するわけではありませんが、ご家族にもこの遺伝子異常が遺伝している可能性があります。その場合には、ご家族も検査を受けることで、今後のがんの発症の予防につなげる事ができるかもしれません。
膵がんに対する遺伝子異常と治療
膵臓がんで報告された遺伝子変異の数/
膵臓がんで遺伝子変異が陽性の症例数
Center for Cancer Genomics and Advanced Therapeutics:C-CATに登録されている膵がんの遺伝子変異は上記となります。中でもKRAS、TP53、CDKN2A、SMAD4などが膵がんに高頻度に認められる遺伝子変異です。この4遺伝子に対する有効な膵がん治療薬はまだ完成されていません。
現在、膵がん治療に期待される薬剤は以下になります。
- NTRK(neurotrophic receptor tyrosine kinase)融合遺伝子の発現頻度は1%未満と低いですが、これを認めた場合にはエヌトレクチニブ単独療法またはラロトレクチニブ単独療法が有効であるとされています。
- KRAS変異の認められない膵がんでは、その下流に位置するBRAFの活性化型変異V600Eが認められることがあります。このような症例には、ダブラフェニブ(BRAF阻害薬)とトラメチニブ(MEK阻害薬)の有効性が報告されています。
胆道がんに対する遺伝子異常と治療
胆道がんで報告された遺伝子変異の数/
胆道がんで遺伝子変異が陽性の症例数
C-CATに登録されている胆道がんの遺伝子変異は上記となります。TP53、CDKN2A、KRASが胆道がんに高頻度に認められる遺伝子変異です。膵がんと同様、これらの遺伝子に対して特異的に作用する治療薬は胆道がんにおいてはまだ確立されていません。しかし、胆道がんに対して有効性が示された薬剤も数種類認められています。
- FGFR2融合遺伝子陽性は肝内胆管がんの5-6%に認められると報告されています。この変異が認められた症例では、FGFR阻害薬であるぺミガチニブの有効性が報告されています。
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膵がん同様、BRAF V600E変異は胆道がんの約5%に認められ、ダブラフェニブとトラメチニブの併用療法が有効であるとされており、胆道がんでも臨床試験が行われています。
また、HER2レセプター過剰発現の症例では、抗HER2レセプター薬などの有効性の検討が行われています。
症例1:TMB-high, MSI-High, 肝内胆管がん
ペムブロリズマブ投与前
ペムブロリズマブ投与後
腫瘍は壊死して液体化した。
症例2:BRCA2遺伝子変異陽性, 広範囲胆管がん肝転移
ゲムシタビン・シスプラチン
併用療法施行前
ゲムシタビン・シスプラチン
併用療法施行後
肝転移消失。今後オラパリブによる維持療法の治験参加を検討中。